沖縄の寅さん

私は、彼を彦さんと呼んでいる。
彦さんは、もちろん独身である。
彼は、幼い頃、蚊が媒介する病気に掛かったり、少年の頃には癲癇持ちでもあった。
そんな為か、学業は儘ならなかった様である。
少年期は身体も大きく乱暴者であったようであるが、突然倒れけいれんを起こし、
同級生を驚かせたり、心配させたりもした。
彦さんの名誉のために書き添えるが、戦後の薬が手に入らない民間療法に頼らざる
得ない、ほんの一時期の話であり、現在はそんなことは無く、健康体そのものである。
私が、妻の故郷として沖縄を訪れたのは、25歳の時である。
日本に返還される前の昭和41年、まだドルが使用されていた時代である。
妻の実家は、築後10年以上は経っていると思われる木造の平家建であったが、
当時、村内では珍しい造りで、畳や障子があり中廊下付の内地風の家屋であり、
土間には、父親手作りの木製テーブル、木製長椅子さえ設えて有った。
建築当初は、近隣から見物人が結構有ったと言う。
トイレは、母屋から離れた場所にあり、夜中の使用は、少々心細かった記憶がある。
又、離れ屋にかまどと風呂が有り、風呂は、ナント 五右衛門風呂で有った。
木蓋を沈め底とし、その上に釜の周囲に触らぬよう身体を丸め、
窮屈な姿勢で風呂に浸かった思い出がある。
五右衛門風呂は、話には聞いていたが、沖縄で経験するとは・・・
父親は何処で手に入れたのか?
驚きであった・・・・
妻の父親は、私が言うのはどうかと思うが、男前で有った。
村芝居では、女役がよう似合ったと耳にする。
妻も、父は真夏でも白い背広に身を包み、
白のパナマ帽をかぶって、夕方出かけるのを、よく見かけたと言う。
戦後間もなくは米作りしていたが、その後は時代に沿った商売を展開した事業家で有ったので、
びしっと決めた姿で、会合の場に向かったのであろう。
そんな父は、他人と同じ様にするのは良しとせず、
新し物好きで、話題作りを楽しんだようである。
五右衛門風呂もその一つであろう・・・・
話は戻るが、
沖縄の愛すべき彦さんは、標準語は余り話さない。
沖縄行きの当初の頃は、私と彦さんの挨拶は、
「 貞夫君、元気だったかね、いつ来たか 」である。
周りの者がその挨拶を聞いて、笑いながら話題にする・・・
「 あの ヒコーが標準語で話してるさー 」
彦さんは、私に気を使って、挨拶をしてくれているのである。
彦さんは、柴又の寅さんと違い、村内からめったに出ない。
国際免許?で、軽トラックでサッソーと現れる。
朝は、村内野外スピーカーから流れる沖縄三線の音色に乗って、軽トラで颯爽とお出ましだ。
オリオンビールの缶や泡盛のびんを集めにくるのである。
服装は、米軍の野戦用ズボンやシャツだ。
沖縄の強い日差しと彦さんの汗で、白茶けたいい色が出てる・・・・・
柴又の寅さんが呼びかける、労働者諸君とは、ちょっと違う・・・ 力強さがある。
顔は、赤ら顔、沖縄独特の厚ぼったい瞼に、大きなどんぐり眼というところか?
ヤーと笑う顔は、なんとも親しみを感じる。
私は、最近では実家に到着早々、彦さんのうしろ姿を見つけると、そっと近づき、
ぐっと肩をつかみ、驚かせる、彦さん、ギクッとふりかえり、ニヤと笑いながら
 「 サダオ イツキター 」
沖縄なまりで、問いかける。
固く手をにぎり、再会を喜び合うのである。こんな我々を、周囲は奇異の目で見ている。
私を、不思議な男と思っているようである。
法事の時など、彦さんはいつも末席の方に、一人で座り、もくもくと食事を取っている。
決して、周りから無視されているのでは無い、時々誰かが 「ヒコー おかわりは」
ヒコーの呼び方も、やさしい響きだ、みんな優しく受け入れている。
その度に、彦さんニヤと首をふる。
私は、そんな時、上席に誰が居ようが、先ずは彦さんの隣に座り、” どう 稼いでる ”
 彼のしゃくどう色の腕にある、金色の分厚い時計に目をやり、
” いい時計しているじゃん ” 問いかける。 
 彦さん言う 言う・・・・
” ナアーに やすもの ヨー  2、30万 ヨ アハハ・・・・・ ”

私は、そんな会話を楽しんでから、座るべき場所へと移動するのが常である。
だから余計に 周囲は不思議な顔をする。
そんな私を、先日他界した義兄は、暖かい目で私を見、目で私を招き、そこへと指差し
私の座る場所を教えるのである。
私は、彦さんと、余り変わらない人間と、自分を思っている。
社会的地位とか、経済的な豊かさは、私の価値観の中では、余り重きを成さない。
有れば、無いよりは良い程度のことである。
彦さんは、多分精神的に自由人であり、沖縄という恵まれた自然の中で、そこに仕事が有ったり、
与えられたりすれば、自分の肉体の限界を超えない範囲で働き、何がしかの金銭を得る。
ある物を食し、夜は良く眠り、朝は早起きする。
  
彦さん  その日ぐらしと思いきや どっこい  彦さん実は金持ちだ。
胴巻きならぬ、ビッショリ汗をかくズボンのうしろポケットに、分厚い財布を隠し持っている。
ある時、彦さんの妹( さくらならぬ 村役場勤務のチュラカーギー )が心配し銀行に預けたが、 
彦さん、すぐにお金を下ろすよう命じたという。
彦さんは、汗まみれに稼いだ金は、自分で持っていたいのである。
貯めた紙幣は、汗を滲みこみ塩を吹こうが、自分の身体にへばりついていなくては
意味が無いのであろう・・・・
そんな彦さんのお金を、頼りにするお仲間さんもいるのである。
彦さん、ある時は海人、ある時はマンゴー栽培、ある時は軽トラ持参の行事の運搬係、
「 ヒコー  これを何処そこへ 」 彦さん 今日も もくもくと働く・・・・・


又、次回へ















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by inagaki_sokuryou | 2009-04-23 19:39 | 先代のひとりごと  

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